白山登山に挑戦③(下山編)・・・・【喜働のココロ No.151】
今回で白山登山記事の最終とさせていただきます。
私事の内容で恐縮でしたが、「喜び働く」に繋がっていると思い、3回にわたってブログで投稿させて頂きました。
最終回は「下山~その後」です。
今回の白山登山は、目的の一つが「山頂での瞑想」なのです。
企画名も【白山登山瞑想会】でした。
山頂到着後、少し落ち着いたところで「瞑想タイム」です。
座りやすい岩を捜し、腰かけ、目を閉じ、背筋を伸ばし姿勢を整え、ゆっくりと呼吸をします。
私が小学生のころ「ピラミッドパワー」なるものが流行り、「四角すい(いわゆるピラミッドの形)のなかに食べ物を入れておくと腐らない」とか、「四角すいの中に入って瞑想すると集中力がつく」と言うことを信じてやったことがありますので、この手のスピリチュアル的な事にはあまり抵抗ありません。
時間にして多分5分程度の瞑想ですが、不思議と身体が軽くなり、足全体も楽になります。何かしらの山の力をもらえた感覚です。
間違いなく山には神様がいると、個人的には信じています。
さて、下山開始です。
必死に登ってきたところを下っていくのですが、「何かもったいない」気持ちになります。「折角ここまで登ってきたのにー!」一滴づつ貯めた水を一気にこぼしてしまう気分です。
でも仕方ありません。日帰りなので、泊まる訳に行きません。下山です。
私の経験上、登りより下りの方が疲れることを認識しています。下る度に体重がかかる足、特に膝は悲鳴をあげ続けています。
私以外の方は、まだ余裕があったように思います。
晴れてきた山裾の紅葉の景色を楽しんでおられましたが、私にはその余裕がありませんでした。
「本当に最後まで下れるのだろうか? 下りた後、車を運転して帰れるのだろうか?」
不安ばかりです。
特に左膝は曲げると痛みが出始めており、それをかばう様に右足を酷使します。
段差のきつい所はカニ歩きです。一段一段、ゆっくりしか降りれませんでした。
後ろから来る他の下山者に道を譲り、2本の杖を頼りに、下りました。
中腹を超えたあたりで、酷使していた右足の踏ん張りが効かなくなり始めます。
小石でも躓きそうになり、自分の足ではない感覚です。
時間は夕方4時、日没が気になります。
「早く下りなければ、日が暮れてしまう。みんなに迷惑かけてしまう。」
自分自身、本当に必死でした。 どんどん日が落ちていきます。
夕焼けの景色が、本当に綺麗だったようですが、私にはそれをゆっくりと浸っている余裕はありませんでした。
本当の汗だか、冷や汗だか、分からない汗が流れます。
足がしびれた感覚のままです。「もうちょっと!ガンバレ自分!」
最後500m、あたりは濃紺色に包まれ、さすがにライト無しでは足元見えず。
最後は満天の星空の下、あさ渡った吊り橋を渡る事が出来、なんとか下山完了。
「よかったー!降りてこれた!!ホント良かった!」
涙は出ませんが、達成感は半端ないものでした。「良くやったなー」
翌日目が覚めた時、「生きている」事に喜びを覚えました。(どんだけ必死だったか?)
足の筋肉痛はピークでした。
自分自身、以前までの限界ラインを突破できた感じです。
「やれば出来る、仲間がいれば出来る、はじめたら何とかなる。」
こんな感想でした。
今回、このような機会を与え、貴重な経験をさせて下さいました方々に感謝です。
また、先人が登山道を整備してくれたからこそ、多くの人が登れることも忘れてはいけません。
お世話になった皆さま、有難うございました。
私事の内容で恐縮でしたが、「喜び働く」に繋がっていると思い、3回にわたってブログで投稿させて頂きました。
最終回は「下山~その後」です。
今回の白山登山は、目的の一つが「山頂での瞑想」なのです。
企画名も【白山登山瞑想会】でした。
山頂到着後、少し落ち着いたところで「瞑想タイム」です。
座りやすい岩を捜し、腰かけ、目を閉じ、背筋を伸ばし姿勢を整え、ゆっくりと呼吸をします。
私が小学生のころ「ピラミッドパワー」なるものが流行り、「四角すい(いわゆるピラミッドの形)のなかに食べ物を入れておくと腐らない」とか、「四角すいの中に入って瞑想すると集中力がつく」と言うことを信じてやったことがありますので、この手のスピリチュアル的な事にはあまり抵抗ありません。
時間にして多分5分程度の瞑想ですが、不思議と身体が軽くなり、足全体も楽になります。何かしらの山の力をもらえた感覚です。
間違いなく山には神様がいると、個人的には信じています。
さて、下山開始です。
必死に登ってきたところを下っていくのですが、「何かもったいない」気持ちになります。「折角ここまで登ってきたのにー!」一滴づつ貯めた水を一気にこぼしてしまう気分です。
でも仕方ありません。日帰りなので、泊まる訳に行きません。下山です。
私の経験上、登りより下りの方が疲れることを認識しています。下る度に体重がかかる足、特に膝は悲鳴をあげ続けています。
私以外の方は、まだ余裕があったように思います。
晴れてきた山裾の紅葉の景色を楽しんでおられましたが、私にはその余裕がありませんでした。
「本当に最後まで下れるのだろうか? 下りた後、車を運転して帰れるのだろうか?」
不安ばかりです。
特に左膝は曲げると痛みが出始めており、それをかばう様に右足を酷使します。
段差のきつい所はカニ歩きです。一段一段、ゆっくりしか降りれませんでした。
後ろから来る他の下山者に道を譲り、2本の杖を頼りに、下りました。
中腹を超えたあたりで、酷使していた右足の踏ん張りが効かなくなり始めます。
小石でも躓きそうになり、自分の足ではない感覚です。
時間は夕方4時、日没が気になります。
「早く下りなければ、日が暮れてしまう。みんなに迷惑かけてしまう。」
自分自身、本当に必死でした。 どんどん日が落ちていきます。
夕焼けの景色が、本当に綺麗だったようですが、私にはそれをゆっくりと浸っている余裕はありませんでした。
本当の汗だか、冷や汗だか、分からない汗が流れます。
足がしびれた感覚のままです。「もうちょっと!ガンバレ自分!」
最後500m、あたりは濃紺色に包まれ、さすがにライト無しでは足元見えず。
最後は満天の星空の下、あさ渡った吊り橋を渡る事が出来、なんとか下山完了。
「よかったー!降りてこれた!!ホント良かった!」
涙は出ませんが、達成感は半端ないものでした。「良くやったなー」
翌日目が覚めた時、「生きている」事に喜びを覚えました。(どんだけ必死だったか?)
足の筋肉痛はピークでした。
自分自身、以前までの限界ラインを突破できた感じです。
「やれば出来る、仲間がいれば出来る、はじめたら何とかなる。」
こんな感想でした。
今回、このような機会を与え、貴重な経験をさせて下さいました方々に感謝です。
また、先人が登山道を整備してくれたからこそ、多くの人が登れることも忘れてはいけません。
お世話になった皆さま、有難うございました。
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